コスタリカ 軍隊。 「コスタリカ国内に米軍が駐留」という誤った情報についてコスタリカ研究家足立力也さんに聞きました

日本における「コスタリカの平和」論の危うさ

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また、女性や黒人の政治参加も認められた。 2011年2月15日閲覧。 自然豊かで、幸せに、平和に暮らせる国コスタリカ。 「あなたの国は教育立国で、子供たちには人権意識と非暴力主義が浸透しているそうですね?」すると、その先生はやや興奮気味にこう切り返した。 冷戦の時代に中米は米ソ対立の戦場となり、アメリカから何度も参戦を迫られましたが、強烈な圧力を退け、1983年には永世中立を宣言。

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「兵士よりも多くの教師を」 軍隊を持たないコスタリカは、なぜ「地球幸福度」ランキング1位なのか?|KOKOCARA(ココカラ)−生協パルシステムの情報メディア

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どんな発見があったのでしょうか? マイケル・ドレリング(以下、マイケル) 例えば、コスタリカは、国全体に民主主義やサステナビリティ(持続可能性)の考え方、フェアトレード思想というものが深く根づいています。 通称、 Costa Rica。 コスタリカ共和国憲法第12条では「大陸間協定により、もしくは国防のためにのみ、軍隊を組織することができる。 この特殊部隊は、決して軍隊目的のものではなく、警察をてだすけるものとして位置づけられています。 同様に、コスタリカ警察の1部も軍隊としている。 1988年にモルディブ国内の実業家の要請を受けたの過激派組織によって侵攻を受けた。

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イモト「国に軍がないことは幸せなの?」 平和とはなにか、考えさせられる

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ただし、コスタリカの土地所有形態は植民地時代からの中小独立自営農民による中規模土地所有が主体であったため、他の中米諸国やのような大プランテーションは発達しなかった。 周囲の治安が悪すぎるので、コスタリカが平和的にみえるという考え、警察が結局は軍隊と変わらないという向きもありますが常設軍を持たないと憲法にはっきりと書いているところにコスタリカが平和のために努力している姿が見られます。 国防についてはとが責任を持つ。 それを利用してコスタリカは、例えば1955年に起こった隣国ニカラグアからの侵攻に対して米州各国の支持を取りつけ、ニカラグアに国際的圧力をかけて補給を絶ち、侵攻を防いだ。 学校教育でも、連帯や平和の価値を教えることに力が注がれています。 しかし、インディヘナはスペイン人による疫病や酷使によりほとんどが死んでしまったため、近代においてコスタリカ文化に影響を与えたことは少なかった。 現に日本も、国防について日々議論が飛び交っています。

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「兵士よりも多くの教師を」 軍隊を持たないコスタリカは、なぜ「地球幸福度」ランキング1位なのか?|KOKOCARA(ココカラ)−生協パルシステムの情報メディア

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立候補したい生徒は政党(のようなもの)をつくり、公約を立て、選挙期間中にPRするそうです。 貧困問題も深刻である。 32-33. 特に押収量は年々増加の傾向を辿っており、一度に数百キログラム単位で押収される事も多い。 その後サンディニスタ内での路線対立によりFSLNの司令官だったが亡命すると、パストラを司令官にしての一派(ARDE)が組織され、コスタリカはアメリカによる対ニカラグア作戦の基地となり、中立原則も一時揺らいだ。 これは見習わないでください。

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軍隊を保有していない国家の一覧

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電力の発電は自然エネルギーでほぼ100%を達成しており、世界初のカーボンニュートラル国家を目指している。 これは20年前にコスタリカが提案したもので、今回の会議の議長もコスタリカ人だった。 通称、 Costa Rica。 その後コントラは衰退し、コスタリカは無傷で非武装中立を保つことができた(ニカラグアとエルサルバドルが大きな犠牲を払ったのとは対照的に)。 また法執行機関のうち、を担うには、憲法で「国の自主性を守る」という役割が与えられており、のなどでは「」として扱われている。 しかしながら、完全に軍隊と呼べるものがコスタリカにないのかというと、それは違います。 。

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コスタリカの平和憲法とその理想と現実

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つまり、法的には自国の軍隊を他国に出す条件は整っているのだが、政治的にあえて狭く「解釈」して「うちは軍隊を持っていなくて戦争には参加できないからよろしくね」と言い放ったわけである。 また、同年カルデロンとロドリゲスの二人の元大統領が汚職によって逮捕された。 しかし、日本には事実上の軍隊が存在し、米軍基地が全国各地に存在している。 コスタリカとニカラグアはサンファン川を国境線としていたのですが、これをニカラグア軍が越えてコスタリカ領内に駐留を始めたということです。 実は「軍事侵攻」されていたコスタリカ 在コスタリカ日本大使館のWEBサイト(2010年)にはこのようにあります。 そしてその後の大統領になったアリアス大統領は中米エリアの内戦に終止符を打つのです。

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私たちが「軍隊のない国」から学ぶもの~コスタリカ現地訪問レポート・その1(中村)

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また、内陸部からのコーヒー輸送のためにアメリカ人の ()によってが建設され、積出し港としてカリブ海側のが発展した。 ぜひ一度ご覧下さい。 ただし、ハイチでは軍を解散したため、地方での内乱を鎮圧できず、大統領が亡命を余儀なくされる事態が発生するなど、相応のリスクもある。 終結後に誕生したホセ・フィゲーレス・フェレール率いる新政府は「もう戦争はこりごりだ、そもそも軍隊があるから戦争が始まる、武器を捨てよう、軍隊はいらない」と、常備軍の解体を宣言したのである。 こうした中で、グアテマラ大統領 (、)の支援を受けた野党のによる反乱への準備が進んでいった。

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